合同家族制とカースト  <カースト・家族・インド>

こうして11~12世紀を境に、男女両系を含む合同家族の利益が強く主張されるようになった。

たとえば娘の息子の相続順位に特別の配慮がなされ、姉妹の息子、父の姉妹の息子、父の父の姉妹の息子などの相続順位が男系の傍系親とともに重視されるようになった。

しかし女性の社会的地位は、カースト制の成立とともに隷属と賤視のなかに置かれた。

それを象徴的に示すものが上位婚と下位婚の慣習である。上位婚とは、上位身分の男性と下位身分の女性の間に行われる婚姻形式で、これは社会的に認められた。

これに対して下位婚は上位身分の女性と下位身分の男性との間に行われる婚姻形式で、これは社会的に忌避され、その間に生まれた子供は劣等身分に落とされた。

この慣習は同一身分同士の結婚を制度化するためにつくられたものでもあったが、しかしその結果、最高身分のバラモンは原理的には同一身分の女性のみならず、それ以下のすべての身分の女性を妻とすることができるという観念を生み出し、それはやがてバラモン男子を中心とするクリニズムkulinismのような悪弊を引き起こすことになった。

以上、大局的にみると、合同家族制は女性の権利に道を開き、これに対してカースト制は女性の差別を促進してきたといえるが、インドにおける女性の地位は上記の二つの方向の危ないバランスのうえで右に揺れ左に揺れてきた。

またこれと並んで無視できないのは、『マヌ法典』以来、女性に対する初潮期前の結婚が勧められた結果、長い期間にわたって幼児婚と幼女寡婦の習慣ができあがったということである。

そのうえ、早期の結婚をさせるため両親は幼い娘のために必要以上の持参金を用意しなければならず、そこから女子の出産を重荷と考える心情が育ったことも否定できない。

一方、一度寡婦になった女性には再婚を許さないという社会理想は、その極端な形においてサティーという悪習を生み、先のクリニズムの慣習と並んで、インドにおける女性の悲劇的な状況を浮き彫りにするものとなった。
update:2010年02月24日